兄が1人います。
鈴木彩艶には、二つ上の兄が1人います。
名前も職業も非公表。
でも、この兄なしに今のザイオンは存在しないと思います。
幼稚園でサッカーを始めたきっかけも、GKを選んだ感覚も、練習着を自分で洗うようになった習慣も、すべての原点に兄がいる。
確認できる一次ソースをもとに、「兄がいなければ守護神ザイオンは生まれていなかった」という話を整理します。
彩艶のハーフ・国籍の基本情報はこちらにまとめています

鈴木彩艶の兄弟構成|二つ上の兄が1人
まずは事実から整理しますね。
鈴木彩艶は4人家族で育ちました。
父・母・二つ上の兄・彩艶。
朝日新聞の2024年7月15日の記事に「二つ上の兄の影響で幼少期のころからボールを蹴り始めた」という記述があり、兄の存在が公式に確認されています。
兄の名前・職業が非公表の理由
兄の名前も職業も、現時点で公表された情報はありません。
父はガーナ出身、母は日本人。
家族全員が積極的に情報を公開するスタンスではなく、彩艶本人のインタビューでも、兄については「影響を受けた」という文脈で触れる程度です。
プライバシーを守りながらも、兄の存在は彩艶のルーツ語りに欠かせない。
そういう関係性だと思います。
兄はサッカー選手なの?
気になる方が多いポイントだと思います。
結論から言うと、兄がプロサッカー選手であるという公表情報はありません。
兄がサッカーをしていたのは確かです。
ただそれは幼少期の話として触れられているもの。
現在どんな職業に就いているかを示す一次情報は、今のところ確認されていません。
次のセクションで、その兄がザイオンのサッカー人生にどれだけ深く関わっているかを見ていきましょう。
すべての原点|兄の影響でサッカーを始めた幼稚園時代
これ、すごくないですか。
世界が認める守護神の出発点が「お兄ちゃんがやってたから」なんですよ。
幼稚園の子どもが兄の背中を追いかけた。それだけです。
でも、その一歩がなければパルマのゴールマウスにザイオンはいない。
兄を追いかけて浦和大東スポーツ少年団へ
朝日新聞によると、彩艶は「二つ上の兄の影響で幼少期からボールを蹴り始めた」とあります。
入団したのは浦和大東スポーツサッカー少年団。
兄が通っていたから彩艶も行った、という流れです。
上の兄弟の真似をして始めたスポーツが、気づいたら人生になっていた。
こういう話、サッカー好きなら誰でも共感できるんじゃないかと思います。
GKを選んだ理由|グローブへの情熱と地元GKへの憧れ
GKを選んだ理由が、また面白い。
朝日新聞の記事によると、当時地元・浦和レッズのゴールマウスを守っていた山岸範宏と加藤順大に憧れたことがきっかけ。GKが好きで、放課後は友達のシュートを受けるのが日課だったとあります。
さらにパルマ公式インタビュー企画『Parma Roots』第2弾では、彩艶本人がGKを選んだ理由としてグローブへの情熱と自身の体格、早期からの適性の自覚を挙げています。
5歳でサッカーを始め、早い段階からGKに引き寄せられていた。
体格への自覚が小学生の頃からあったというのは、なかなか珍しいと思います。
兄弟で育った家庭|自立を促す環境
鈴木家の話を聞くたびに、土台がしっかりしているなと感じます。
才能だけじゃない。
家庭の中で培われた習慣が、今のザイオンを作っていると思います。
練習着は自分で洗う|母との約束「自分のことは自分でやる」
正直、鳥肌が立ちました。
朝日新聞の取材で明かされた話です。
鈴木家には母との約束事がありました。
「自分のことは自分でやる」。
兄も彩艶も、小学校高学年になると練習着を自分で洗い、汚れがひどければ手洗いもした。練習場へは電車を乗り継いで通い、遠い会場は自分で行き先を調べた、とあります。
これ、兄も一緒にやっていたんです。
彩艶だけじゃなく、兄弟揃って同じルールで育ったということ。
兄がやっているのを見て、弟の彩艶も自然に身につけていった。
サッカーの始め方と同じ構造ですよね。
家族構成まとめ|父・母・兄との4人家族
整理しておきます。
鈴木彩艶の家族構成は以下の通りです。
- 父:ガーナ出身(名前・職業は非公表)
- 母:日本人(名前・職業は非公表)
- 兄:二つ上(名前・職業は非公表)
- 彩艶:2002年8月21日生まれ(現在23歳)
父親についての詳細や、母親についての詳細は別記事で整理しています。


この4人家族の中で、彩艶は「末っ子」として育った。
兄の背中を見て育ち、母のルールの中で自立を身につけた。
そういう土台が、次のセクションの話につながっていきます。
兄の存在が作った守護神
ここからは、その後の軌跡です。
幼稚園で兄の真似をして始めたサッカーが、どこまで到達したか。
数字で見ると、改めてすごいと思います。
16歳5ヶ月でプロ契約|浦和ジュニア1期生から最年少記録へ
king-gear.comの記事によると、彩艶は小学5年で浦和レッズジュニア(2013年開校)の選抜試験に合格し、1期生として入団しました。
そしてユース在籍中の2019年、クラブ史上最年少となる16歳5ヶ月でプロ契約を締結。
ジュニア出身者として初めてトップチームの試合に出場した選手でもあります。
16歳5ヶ月(浦和レッズ史上最年少プロ契約)
幼稚園で兄の後を追いかけた子どもが、16歳でプロになった。
この事実だけで、十分すぎるくらいドラマがあると思います。
19歳A代表初招集「勝負するつもり」
19歳でA代表に初招集されたとき、彩艶はNumberのインタビューでこう語っています。
「呼ばれたからには経験で終わらせるつもりはない。勝負するつもり、試合に出る気持ちでやっていきたい」。
実際に香港戦でデビューも果たしました。
母から教わった「自分のことは自分でやる」という姿勢が、代表の場でも出ているんじゃないかと思います。
アジアカップでの批判をどう乗り越えたかは、こちらの記事で詳しく書いています。

また18歳当時のインタビューでは、Numberの取材に対して「自分がされて嬉しいことを人にしていきたい」とも語っています。
プレー以外でも、家庭で育まれた姿勢が一貫している。
JFA・ESPNが認める次世代の守護神
JFA公式サイトでは、彩艶についてこう記しています。
「圧倒的な身体能力によるダイナミックなセービングと攻撃の第一歩となる超高精度のロングフィードを武器とする次世代の守護神」。
さらにQolyの2026年4月13日の記事によると、ESPNが選ぶ今季欧州5大リーグの「ブレイクアウトプレーヤー」に選出されました。GKとして、かつセリエA所属選手として唯一の選抜だったとあります。
これ、すごくないですか。
GKがこのカテゴリで唯一選ばれるというのは、フィールドプレーヤーにも引けを取らないインパクトを残したということです。
幼稚園の頃にお兄ちゃんの真似をしてボールを蹴り始めた子どもが、ESPNに認められるまでになった。
その原点に、名前も職業も非公表のお兄さんがいる。
欧州で活躍するザイオンのプレーをリアルタイムで観られる配信サービスもありますので、ぜひチェックしてみてください。
まとめ
- 鈴木彩艶の兄弟は二つ上の兄が1人。名前・職業は非公表
- 幼稚園の頃、兄の影響でサッカーを始め浦和大東スポーツサッカー少年団へ入団
- GKを選んだきっかけは浦和レッズの山岸範宏・加藤順大への憧れとグローブへの情熱
- 鈴木家には「自分のことは自分でやる」という母との約束があり、兄弟ともに小学校高学年から練習着を自分で洗っていた
- 16歳5ヶ月でプロ契約(浦和レッズ史上最年少)、19歳でA代表デビュー、ESPNのブレイクアウトプレーヤーに唯一GKとして選出
兄の存在から始まったザイオンの軌跡は、まだ23歳。
欧州で活躍する日本人選手たちを、これからも追いかけていきます。
